大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4331号 判決 1969年3月28日
原告(第一三七号事件) 山本安次郎
原告(第四三三一号事件) 山本イヨ
原告(同) 山本二郎
原告(同) 山本和子
原告(同) 山本恵美子
右六名訴訟代理人弁護士 保津寛
右訴訟復代理人弁護士 鍜治巧
同 露口佳彦
被告 内田一郎
被告 株式会社重田工務店
被告 大成建設株式会社
右三名訴訟代理人弁護士 福岡彰郎
同 市原邦夫
右福岡訴訟復代理人弁護士 岡本生子
主文
一、被告内田一郎、同株式会社重田工務店は各自、原告山本安次郎に対し金一八二万八三九六円、原告山本安太郎に対し金一〇万〇二九六円原告山本イヨ、同山本二郎、同山本和子、同山本恵美子に対し各金二〇万〇五九二円、並びにそれぞれこれらに対する昭和四〇年八月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告ら六名の被告大成建設株式会社に対する請求及び被告内田一郎、同株式会社重田工務店に対するその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、原告らと被告内田一郎、同株式会社重田工務店との間に生じた分は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を右被告両名の連帯負担とし、原告らと被告大成建設株式会社との間に生じた分は全部原告らの負担とする。
四、本判決は原告ら勝訴の部分に限り、被告内田一郎、同株式会社重田工務店に対し、それぞれ、原告山本安次郎において金六〇万円、原告山本安太郎において金三万円、その余の原告四名において各六万円の担保を供するときは、その被告に対し仮に執行することができる。
事実
<全部省略>
理由
一、原告らがその主張の共有部分の割合に応じて本件建物を共有していること、原告山本安次郎が右建物の各室を賃貸してアパート業を営んでいること、被告内田一郎が右建物敷地南側に隣接して本件土地を所有していること、及び同被告が請負人をして右土地上に原告主張の建物(病院兼居宅)を建築させたことはいずれも当事者間に争いがない。
二、被告重田工務店が原告主張の頃右建築の基礎工事のため本件土地を掘削したことは当事者間に争いがない。そして<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
被告重田工務店の本件工事責任者である的場信隆は本件工事の基礎工法として浮函基礎(杭打ちをせず地盤を掘削して空洞を作り、これを基礎としてその上に建物を建てる工法)を採用し、昭和三八年八月一日から四日頃までにかけて、本件土地を原告敷地との境界に近接したところまで約二米バックホウをもって掘削したが、右バックホウが相当な重量を有するため、その運転によって相当な音響や振動を原告土地及びその地上の本件建物に与えた。また本件土地の地下水位が非常に高いところにあるため、右掘削によって多量の水が湧出し、その上地盤が非常に軟弱で右掘削後の土留めが充分でなかったため、原告土地の地盤の沈下及び弛緩を生ぜしめた。そして以上の振動及び地盤の沈下弛緩の結果として、本件建物の内外部ほゞ全体にわたって壁の亀裂が拡大し、壁土が崩れ落ち、壁と柱の間にすき間が生じ、戸障子や窓の開閉が困難になり、柱や鴨居が下がる等の損傷が生じた。また右基礎工事やその後の徹夜の鉄筋組立作業の騒音振動は本件建物居住の賃借人の生活の平穏を乱し、それに耐え切れず転居する者も出てきた。
以上の事実が認定でき、他の<証拠>中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。<省略>。
三、次に、右に述べた原告らの蒙った被害が被告重田工務店の過失に基づくものであるか否かについて判断する。
原告も主張するように、境界線の近傍において建築をなす者は、その工事により隣地及び隣地上の建物に損傷を与えないよう万全の注意をなすべき義務があることは勿論である。その上本件では、当事者間に争いがないように、被告重田工務店は工事に先立って本件土地の地質調査を行ない、その結果右土地の地盤は深度九米八〇糎までは非常に軟弱であるということが判明した。したがって同被告は本件土地を原告敷地の近くまで大型機械をもって掘削すれば、右機械の運転による音響振動や掘削による地下水の湧出、地盤の沈下弛緩により、本件建物に損傷を及ぼし本件建物居住者の生活の平穏を害することを当然予測しえたというべきであり、同被告としては工事を施工するに当って隣地に影響を与えないよう万全の工法を採用し、工事中に隣地に影響を及ぼすことが予想されたならば適宜その防止方法を講じ、場合によっては一時工事を中止する等の措置をとり、もって隣地上の損害の発生を未然に防止すべき義務があったものといわざるをえない。しかるに<証拠>によれば、被告重田工務店は本件建築の基礎工事の工法として原告敷地に音響振動を与えないためには浮函基礎を採用するだけで充分であると考えて、重量あるバックホウをもって本件土地を原告敷地近くまで掘削し、地盤の流出を防ぐための土留工事はラスを張り鉄筋のアンカを打込んでモルタルを塗ったにすぎず、矢板を深く打ち込む等の軟弱地盤の流出を防ぐ特別の措置をとった形跡はなく、また土地掘削の当初から再三原告山本和子等より本件建物に損傷が生じつつあると訴えられながら、その防止のための適宜の措置を何らとらずに地盤の掘削及びその後の基礎工事を強行したことが認められる。してみると本件工事によって前記損傷が生じたことは被告重田工務店の過失によるものと断ぜざるを得ず、同被告はその損害を原告らに賠償すべき義務がある。(被告は浮函基礎では隣地の地盤に影響を及ぼすことはなく、矢板打ち込みの要もないから被告重田工務店に過失はないと主張するが、現実に同被告の工事施工により隣地に影響を及ぼした事実が認められる以上、被告において右主張を根拠づける反証を提出すべきであるが、何らの立証もしないのでその主張は採用しない。)<省略>。
四、<省略>
五、(被告内田一郎の責任)
<証拠>によれば、同被告は本件工事現場に隣接して居住し、隣地に原告ら所有の本件建物が存在することを認識し、その上本件土地の地盤が非常に軟弱であるという前記調査結果を予め知悉していたことが認められるから、たとえ専門的知識を有していなくとも、本件土地を原告ら敷地の近くまで掘削して建物を建てようとすれば本件建物に損傷を生じさせるおそれのあることは容易に予測しえたはずである。したがって同被告は工事依頼の当初において請負人に対し右損傷防止の万全の措置を講ずべきことを指示するとともに、工事施工中も隣接建物に損傷を生じさせるおそれが生じたときは適宜請負人に損傷防止方法の説明を求めるなどしたうえ、万全とみられる防止方法を講じさせる義務があるというべきである。ところが<証拠>によるも、同被告は本件工事により隣地の地盤に影響を及ぼさないようにしようとして、被告重田工務店の担当者前記的場らと相談し浮函基礎工法を採用させただけであって、その他は被告重田工務店に工事を一任し、基礎工事施工中に原告らから建物に損害が生じたと訴えられても、右的場にそのことを伝え、自らは原告らに損害賠償を約した誓約書を差入れ、損害金の一部を支払っただけで、それ以上損害発生の防止方法を考慮し、被告重田工務店に防止方法を講じさせようとした形跡は認められないから、被告内田一郎は右工事の注文又は指図に過失があったというべく、注文者として右工事によって原告らに生じた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。<以下省略>。
(裁判長裁判官 加藤孝之 裁判官 渡辺一弘 清田賢)